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静岡地方裁判所 平成元年(行ウ)7号 判決

静岡県浜北市中条三〇九番地の一

原告

有限会社武興

右代表者代表取締役

髙栁喜一

右訴訟代理人弁護士

大口善徳

西尾和広

福田哲夫

静岡県浜松市砂山町二一六番地六

被告

浜松東税務署長 中根眞治

右指定代理人

武田みどり

寺島進一

佐野武人

田村利郎

三輪峻治

大沢明広

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  浜松税務署長が原告に対して昭和六三年九月二一日付けでした酒類販売業免許拒否処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件処分の存在等

(一) 原告は、運動用具の販売及び酒類の販売等を目的とする有限会社であるが、昭和六三年六月九日、酒税法九条一項に基づき当時の浜松税務署長に対して、販売場の所在地を浜松市植松町一四七二番地四、販売場の名称を有限会社武興、販売酒類の種類を全酒類、販売の方法を小売業とする酒類販売業の免許申請(以下「本件申請」という。)をしたところ、同税務署長は同年九月二一日付けで原告に対し、本件申請が酒税法一〇条一〇号及び一一号に該当するものとして免許拒否処分(以下「本件処分」という。)をした。

(二) 原告は、本件処分につき、同年一一月一七日に名古屋国税局長に対する審査請求をしたが、平成元年六月九日付けで右審査請求を棄却する裁決がなされ、同月一〇日に右裁決書が原告に送達された。

(三) その後、大蔵省組織規程(昭和二四年大蔵省令第三七号)の一部を改正する省令(平成元年大蔵省令第五八号)によって浜松税務署が浜松東税務署と浜松西税務署とに分割されたことに伴い、平成元年七月一〇日以降、本件処分に関する権限に属する事務は、浜松税務署長から被告に承継された。

2  本件処分の違法事由一(酒税法九条一項、一〇条の違憲性)

酒類販売業を行うにつき所轄税務署長による免許を受けることを必要とし、かつ、その要件を定めた酒税法九条一項及び一〇条の各規定は、以下のとおり、憲法二二条一項の職業選択の自由の保障に違反して無効であるから、右各規定に基づく本件処分も、違憲違法である。

(一) 職業選択の自由の制約と司法審査基準

酒税法九条一項及び一〇条に規定された酒類販売業免許制度は、単に職業活動の内容又は態様に対する規制にとどまらず、狭義における職業選択の自由、すなわち職業の開始、継続、廃止における自由そのものを直接制約する最も徹底した規制である。したがって、この規制が憲法二二条第一項との関係で合憲と認められるためには強い合理的根拠が存在しなければならず、具体的には、規制の目的自体が公共の利益に適合する正当性を有すること、目的と規制手段との間に合理的関連性が存在すること、規制によって失われる利益と得られる利益との間に均衡が成立すること、という三要件がすべて満たされることが必要である。

(二) 規制目的における正当性の欠如

酒類販売業免許制度は、以下のとおり憲法二二条一項の保障する職業選択の自由を規制する正当な目的を有しない。

(1) そもそも、酒類販売業免許制度は、昭和一三年に酒類に対して従前の造石税とは別に、いわゆる庫出税方式による物品税の課税を行って実質的な増税を図ろうとした際、酒造業界から強い反対を受けたので、同業界が従前から要求していた酒類販売業免許制度を併せて導入することにより、その反対の矛先をかわし、酒造業者を懐柔することを真の目的として採用されたものである。したがって、酒類販売業免許制度は、憲法二二条一項によって保障された職業選択の自由を規制する正当な理由とは到底なり得ないものである。

(2) 仮に、酒類販売業免許制度が、酒類販売業者の経営の安定及び酒類の需給の均衡維持を通じて、酒税の保全を図ることにその目的があるとしても、そのことから、酒類販売業免許制度の正当性を基礎付けることはできない。

すなわち、第一に、租税収入の確保を目的とした許可制を認めることは、職業選択の自由の保障の趣旨に反し、憲法が基礎とする自由経済と福祉国家の原理とは全く相容れないばかりか、すべての職業を国家の経済活動の自由が根本から覆えされ、ひいては憲法二二条一項の保障が全く空文化されることになるものであるから、右のような租税政策によって、狭義の職業選択の自由を制限することはできないというべきである。

第二に、後述のとおり、酒税法は、酒税を保全し、その確実な徴収を図るために、多くの法的手段を講じているところであり、これに加えて、酒類販売業者に免許制を採用している直接的な理由は、酒類販売業者の濫立を防止することによって酒税の滞納を予防しようとする消極的・予備的なものに過ぎず、国の責務としての積極的な社会経済政策の実施とは到底考えられないのであって、このような消極的性格の目的から、狭義の職業の選択そのものを直接制約する最も徹底した規制である酒類販売業免許制度の正当制を基礎付けることはできないのである。

(3) なお、酒税の国税収入中に占める割合は、昭和九年から昭和一一年までは一七・六パーセントであったが、漸次低減し、昭和六二年度決算では四・四パーセントに過ぎず、それ自体同年度決算で租税収入に占める割合が三・五パーセントである揮発油税と大差なくなっているうえ、税率の高さに関していえば、揮発油税の税負担率は三八・四パーセントであって、酒税の平成元年三月以前の全酒類合計の税負担率三二・〇パーセントより効率であるのもかかわらず、揮発油税の納税義務者である製造者と担税者である消費者とを結ぶ役割を担っているガソリンスタンドに関しては、揮発油税保全を目的とする免許制度が採用されていない。したがって、今日においては、酒税が高率・高額で、これに係る税収が国の重要な財源をなしているというような理由で、酒類販売業免許制度を合理化することができないことも明らかである。

(4) 以上のとおり、酒類販売業免許制度は、その目的自体が職業選択のの自由を規制するための正当制を持ち合せていないばかりか、現在においては、その目的の果たす役割自体が軽微なものになってしまており、右制度を維持する正当な理由が存在するものとは到底認められない。

(三) 目的と規制手段との合理的関連性の不存在

仮に、酒税の保全という目的が職業選択の自由を規制する正当な目的たり得るとしても、前述のとおり、それは、国民経済の円満な発展や経済的弱者の保護等の経済政策ないし社会政策上のいわゆる積極目的に該当するものではなく、社会生活の安全の保障や自由な職業活動が社会にもたらす弊害の防止等のいわゆる消極的目的の範疇に含まれるものである。したがって、そのような目的による規制が合憲であると認められるためには、手段、態様においてより緩やかな制限によっては規制の目的を十分に達成することができないと認められることが必要であるところ、以下のとおり、酒類販売業免許制度は、その規制の手段態様において著しく合理性を欠くことが明白であって、右の目的達成のために必要な合理的手段であるとは、到底認められない。

(1) 酒税の納税義務者は、酒類の製造者(以下「酒類製造者庫」という。)であって、酒類販売業者ではない。したがって、酒税の保全という目的のためには、せいぜい酒類製造者を免許制度の対象とすることで足りることが明らかである。

また、酒類製造者も一個の企業であるから、自己の製造、引取りをした酒類を販売するに当たっては、その取引の相手方の資力、信用等の有無について一般の企業が払うと同様な注意を当然に払う筈であって、それ以上に酒類製造者を政府が後見的に保護しなければ、酒税収入の安定を害するという事情は見当らない。

(2) 酒税法並びにこれに基づく政令及び酒税法基本通達は、納税義務者からの酒税徴収を安定して確保するために、二重、三重にわたる万全の方策を講じている。

すなわち、酒税法は、酒類製造者に対して、申告書提出義務(三〇条の二、三〇条の三)、帳簿記載義務(四六条)、申告義務(四七条)、検査・検定受忍義務(四九条)、承認を受ける義務(五〇条)、届出義務(五〇条の二)、酒税証紙貼付義務(五一条)、質問・検査受忍義務(五三条)を課し、その懈怠に対しては刑事罰を規定するほか、国税庁長官、国税局長又は税務署長は酒税保全のため必要があると認められたときには、酒類製造者に対して酒税につき担保の提供又は担保の提供に代わる酒類の保存を命ずることができる旨を規定しており(三一条)、同法施行令及び酒税法基本通達は担保提供の細部について定めている。しかも、酒税は極めて短期間の納期限が定められており、酒類製造者の資産、信用等の変化による影響を受けないように配慮されている。

これに加えて、酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律によっても、行政庁に、酒税の滞納予防のため、酒類製造者及び酒類販売業者に対する強力な権限が与えられている。

これらの万全の方策に加えて、納税義務者でない酒類販売業者まで免許制の規制の下におくことは無用の措置というべきであって、目的達成のために必要な合理性を著しく欠くことが明白である。

(3) 昭和六二年度決算での酒税収入額合計一兆九七四七億八七〇〇万円のうち、ビールに係るものが一兆二く七三億二七〇〇万円、ウイスキーに係るものが三三〇四億八〇〇〇万円、清酒に係るものが二七五八億九九〇〇万円であって、この三種の酒類によって酒税全体の九六・四パーセントを占めているところ、ビールは大手四社、ウイスキーは大手三社の製造する製品がほぼ市場を独占しており、清酒も大手会社だけでその大半が製造されているのであるから、結局、ビール、ウイスキーの大手数社だけで酒税全体の八〇パーセント近くを納め、他の酒類の大手会社数十社の納付する税額を加えれば、実に九〇パーセント以上の酒税がこれら大手会社によって確実に納付されているのが現状である。この実情に照らしても酒類販売業免許制度を維持する合理的根拠が存しないことは明らかである。

(四) 比較考量

職業選択の自由に対する規制が合憲であると認められるためには、さらに、規制によって得られる利益と、これによって制限される職業選択の自由の性質、内容及び制限の程度を比較考量して、なお均衡が成立することが必要であるところ、酒類販売業免許制度が、右の均衡を著しく失することは以下のとおり明白である。

(1) 酒税法は、納税義務者である酒類製造者からの酒税の徴収を確保するため、前記のとおり万全の措置を講じているうえ、さらに酒類販売業者に対しても、酒類製造者に課しているのと同様の帳簿記載義務(四六条)、申告義務(四七条)、承認を受ける義務(五〇条)、届出義務(五〇条の二)、質問・検査受忍義務(五三条)等を課し、その懈怠に対しては刑事罰を規定しているのである。さらに、課税庁には、酒税の保全及び酒類業組合に関する法律により、滞納防止のための強力な権限が与えられている。

酒税の保全を目的とするのであれば、右のような営業活動の内容、態様に対する規制手段によってこれを達成することが充分可能であり、これらの方策に加えて、さらに免許制によって酒類販売業者に対する規制を行ったとしても、それによって国家に付与される利益は極めて僅少なものに過ぎない。

(2) さらに、前述のとおり、酒類販売業免許制度の直接的な目的は、酒類販売業者の濫立を防止することによって酒類製造者による酒税滞納を予防しようとする消極的・予備的なものであるのに対し、これによる規制は、狭義の職業選択の自由そのものを直接制約する最も徹底したものであり、この制度の下で免許拒否処分を受けた申請者は、希望する酒類販売業の開業自体が完全に抑制され、その職業選択の自由は全面的に剥奪されるのであって、その不利益の程度は極めて著しい。

(3) また、酒類販売業免許制度を維持して確保しようとする酒税の国税収入中に占める割合は、昭和六三年度租税収入予算で四・五パーセント、平成元年度で三・五パーセントに過ぎず、現行酒税法による酒類販売業免許制度が採用された昭和二八年当時から比べると、著しく低下しており、特に一般消費税が導入された現在、酒税は将来一般消費税に統一されるべきものとすら考えられているのである。

(4) 加えて、酒税法一〇条一〇号及び一一号の規定する免許拒否事由は、その抽象的な表現によって税務署長の広範な裁量的運用を許す基となっているところ、既存業者からの圧力もあって、税務署長の裁量は新規の免許を与えない方向に恣意的に運用されており、その結果、酒類販売業免許制度は、既存業者の利益を守るため、価格体系を乱す業者を排斥して、酒類の価格統制を維持し、消費者の負担において酒類販売業者の既得権を確保する手段として機能しているのが実態である。

(五) 右のとおり、酒類販売業免許制度は、狭義の職業選択の自由そのものを直接制約する規制として、これが合憲と認められるために必要な右(一)の三要件をいずれも満たさないものであるから、その違憲性は明らかである。

3  本件処分の違法事由二(酒税法一〇条該当)

仮に、酒税法九条一項、一〇条が合憲であるとしても、本件申請は同条一〇号、一一号の拒否事由に該当しないから、本件処分は違法である。

よって、原告は、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の各事実は認める。

2  同2及び3の主張は争う。

三  被告の主張及び抗弁

1  酒税法九条一項、一〇条の合憲性

(一) 職業選択の自由とその制約

憲法二二条一項の職業選択の自由は、すべての人権に内在するいわゆる内在的制約のほか、社会国家的立場に基づいて、積極的な社会政策ないし経済政策上の目的のために経済的自由に加えられるいわゆる政策的制約をも受けるものと解される。そして、職業選択の自由に対するこのような政策上の積極的な目的のための規制の措置(積極的目的の制限)について、裁判所の行う合憲性判断の基準は、規制の目的に一応の合理性が認められ、規制の手段、態様において著しく不合理でなければ足りるものと解される。

(二) 酒類販売業免許制度の合憲性

(1) 酒類販売業免許制度は、それが導入された昭和一三年以前に、酒類販売業者の濫立からその経営悪化や倒産等の事態が生じて酒類製造者の貸倒れや廃業が多発し、酒税の滞納が非常に多額に上ったことから、このような事態を避けるために導入された制度である。そして、右立法経緯に加え、酒税法が、同法一〇条各号に該当するときには税務署長は免許を与えないことができる旨を規定し、かつ、酒税保全のため、免許を与える場合に条件を付し、あるいは免許を取り消すことができる旨規定している(同法一一条、一四条)ことなどに照らせば、酒類販売業免許制度の基本目的が、酒類販売業者の経営の安定及び酒類の需給の均衡維持を通じて酒税の保全を図ることにあることは明らかである。

また酒類販売業免許制度は、庫出税方式を採用する酒税において、納税義務者である酒類製造者と担税者である消費者との中間に位置して酒類製造者から消費者への税負担の転稼を仲介する酒類販売業者の営々の安定を図ることにより、酒類販売業者から酒類製造者への酒類代金の支払いを円滑にし、もって酒類製造者がその納付した酒税相当額を消費者から改修することを容易ならしめようとするものであって、これによって間接消費税である酒税の徴収制度が有効に機能することになる。さらに、この免許制度は、酒税の逋脱に荷担する危険性の高い人物が酒類の販売に関与したり、そのような販売場が設置されたりするのを防止し、酒類の販売体制を健全化しようとするものであり、酒税の逋脱防止をも目的としている。

右のとおり、酒類販売業免許制度は、酒類販売業者の経営の安定及び酒類の需給の均衡維持を通じて酒税の保全を図るものであって、職業選択の需給の均衡維持を通じて酒税の保全を図るものであって、職業選択の自由に対し、国の財政上の目的のために加えられる積極目的の規制に属するものであるから、酒類販売業免許制度は、その規制の目的に一応の合理性が認められ、規制の手段、態様が著しく不合理であることが明白でない限り、合憲と判断されるべきものである。

(2) 酒類販売業免許制度の目的は右のとおり酒税の保全にあるところ、租税収入の確保を図ることが公共の福祉に合致することは明らかであるから、右制度目的が規制の目的として十分な合理性を有していることは明らかである。

(3) そして、酒類販売業を免許に係らしめるという規制の手段、態様は、次のとおり、十分な合理性と必要性とがあるものである。

すなわち、酒税は、国家財政上重要な地位を占め、その税率が極めて高いので、庫出税方式による課税の結果、納税義務者とされた酒類製造者が負担しなければならない納税額も高額となる。そのため酒税法は、その税負担の転嫁が円滑に行われるよう酒類販売業者にも免許制度を採用したものであり、庫出税方式による課税と酒類販売業免許制度とがあいまって、高率な酒税の安定的かつ効率的な確保のため有効に機能しているものである。

また、酒税は、国家財政上重要な地位を占めているので、その逋脱が行われた場合の国家の損失額も大きいと考えられるが、酒類は簿外の製品を生み出すのが比較的容易な物品であって、酒類製造者の酒税の逋脱に荷担する酒類販売業者があれば、逋脱は容易に行われ、かつ、それを探知することは困難である。そのため酒税法は、酒類販売業者に対しても免許制を採用して記帳義務を課し、逋脱事犯の発生を防止しようとしているのである。

さらに、酒類販売業免許制度は、同制度を通じて、致酔飲料としての酒類の販売秩序を保ち、社会秩序の維持、国民保健衛生の確保に寄与するなどの社会的効果も大きく、また、酒税徴収のための行政事務量を軽減する効果をも有している。

そして、免許制度の運用については、酒税法一〇条が、免許の拒否の権限を有する税務署長の恣意的判断を排除して免許処分の公正が期せられるよう、免許を与えないことができる場合の消極的要件を制限列挙して、免許制度の基本的目的に反しない限り免許を与えることを原則としており、しかも、この税務署長の認定判断権も法規裁量と解され、免許を拒否された申請者の法的救済手段に欠けることはなく、最近五年間でも新規に一万六〇〇〇件の一般酒類小売業の新規免許が付与されており、公正な運用が行なわれている。

なお、原告は、酒税の大半は極く一部の大手会社たる酒類製造者によって確実に納付されているから、酒類販売業免許制度を維持する必要がない旨主張するが、いかに大企業とはいえ販売代金の回収確保が円滑になされなければ、売上高の約五〇パーセントを占める税負担のための資金を容易に調達できるものとは考え難く、販売代金の回収が安定して円滑になされることは不可欠であって、酒類販売業免許制度が果たしている役割は大きいといわねばならない。また、原告は、酒税法に定められた酒類製造者の免許制度及び記帳義務などの規制によって、酒税保全の目的は十分達せられるかのように主張するが、直ちにそう断定できるかどうかは疑問であり、その他原告が種々主張するところはいずれも失当である。

(4) 以上のとおり、酒類販売業免許制度は、その規制目的において合理性が認められ、規制の手段、態様においてもそれが著しく不合理であることが明白であるとはいえないから、それが合憲であることは明らかである。

なお、原告は、酒類販売業免許制度の目的が職業選択の自由に対する内在的制約に基づくいわゆる消極目的である旨主張するところ、仮にそうであるとしても、右の規制目的には合理性が認められ、かつ、酒税の保全上、酒類販売業免許制度以外のより緩やかな規制手段ではその目的を十分達成することが困難であることは、前記の諸事実に照らして明らかであるから、原告の右主張を前提にしても、同制度の合憲性は明らかである。

2  本件申請の酒税法一〇条一〇号該当性

酒税法一〇条一〇号後段は、申請者の「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」を酒類販売業の免許拒否事由としているところ、以下に述べるとおり、原告は本件処分当時、右規定に該当するものであった。

(一) 酒税法一〇条一〇号後段の意義について

酒税法に基づく免許事務については、税務署長の裁量判断における恣意を排除するとともに、事務処理を統一的、合理的かつ円滑に行うための内部的裁量基準として、昭和五三年六月一七日付け間酒一-二五国税庁長官通達「酒税法基本通達の全部改正について」の別冊「酒税法基本通達」(以下「基本通達」という。)及び昭和三八年一月一四日付け間酒二-二国税庁長官通達「酒類の販売業免許等の取扱について」の別冊「酒類販売業免許等取扱要領」(以下「免許取扱要領」という。)が制定されており、酒税法一〇条各号所定の免許拒否事由に該当するか否かについても右各通達の示す基準によって解釈することが相当である。

そして、基本通達一〇条5は、「法第10条第10号に規定する『経営の基礎が薄弱であると認められる場合』とは、事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱、製品又は販売設備の不十分、経営能力の貧困等、経営の物的、人的、資金的要素に相当な欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合をいう。」と規定し、また、免許取扱要領第3の1の(1)のイの(イ)は、全酒類小売業に係る酒類販売業免許の申請についての申請者の人的要件について、「申請者は、経験その他から判定し、税務署長が酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有すると認める者又はこれらの者が主体となって組織する法人であること」としたうえで、その注書に「『経営するに十分な知識及び能力を有すると認める者』とは、おおむね次の経歴を有する者であって、酒類に関する知識及び記帳能力等が十分で独立して営業ができると認められる者をいう。A 免許を受けている酒類の製造業若しくは販売業の業務に直接従事した期間が引き続き三年以上である者、調味食品等の販売業を三年以上継続して経営している者又はこれらの業務に従事した期間が相互に通産して三年以上である者、B 酒類業団体の役職員として相当期間継続して勤務した者又は酒類の製造業若しくは販売業の経営者として直接業務に従事した者等で酒類に関する事業及び酒類業界の実情に十分精通している者」と規定している(以下、右A又Bの経歴の要件を「経歴要件」という。)。

(二) 原告に係る資金的要素について

(1) 原告は、昭和六〇年一二月一二日に運動用具及び贈答品の販売をその事業目的として、髙栁喜一(以下「髙栁」という。)及びその妻髙栁敦子の出資(資本の総額一〇〇万円、髙栁の出資口数六〇〇口、髙栁敦子の出資口数四〇〇口)により設立され、髙栁が代表取締役に、髙栁敦子が取締役に就任した有限会社である。

(2) 原告の決算報告書によれば、第一期事業年度(昭和六〇年一二月一二日から昭和六一年一一月三〇日まで)の売上高は三七二〇万〇八三三円、営業利益は四万七七七二円、第二期事業年度(昭和六一年一二月一日から昭和六二年一一月三〇日まで)の売上高は三五九一万五三四六円、営業利益は七万二〇〇八円とされているが、右各事業年度において、原告が雇用し、その業務に従事させていた従業員鈴木雅清(以下「鈴木」という。)及び同松島弘雄(以下「松島」という。)に係る人件費は、原告表者髙栁が代表者を務める株式会社髙栁喜一商店(以下「髙栁喜一商店」という。)においてこれを支出しており、原告の右各決算報告書には、鈴木及び松島に係る人件費の計上がない。しかし、鈴木及び松島に係る人件費は原告において支出すべきものであるから、原告の経営状態を正確に把握するために、鈴木及び松島に対する人件費を原告が支出したものとして、右各事業年度の損益を計算すると、その経常利益は、第一期事業年度について九四六万円、第二期事業年度について八八七万五〇〇〇円の各欠損となり、第二期事業年度末における繰越欠損金額は一八三三万五〇〇〇円となる。したがって、原告は経営内容が極めて脆弱な会社であるというべきであるのみならず、本件申請に係る申請書添付の「所要資金の明細書及びその調達方法」において、手持資金を充てるものとされている所要資金五四九万を調達することが困難であるとみるべきであり、さらに右所要資金五四九万円中にも、人件費及び役員賞与の計上がないことなどを併せ考えると、原告には、事業経営のために必要な資金の欠乏という資金的要素についての相当な欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合に該当する。

(三) 原告に係る人的要素について

原告は、設立以来、主として運動用具及び贈答品の販売を営んでいたが、昭和六三年五月に、その事業目的に酒類の販売業を追加する旨の定款変更を行なうとともに、出資の総額を六〇〇万円とする資本の増加を行ない(口数で髙栁が三〇〇〇、髙栁敦子が二〇〇〇を引受け)、同時に、森田耕二(以下「森田」という。)及び前田和男(以下「前田という。)が取締役に就任した。

(1) 代表取締役髙栁について

髙栁は、個人で綿布販売などの事業を営んでいたところ、昭和六〇年九月四日、いわゆる法人成りによって綿布の販売等を事業目的とする髙栁喜一商店を設立し、さらに同年一二月一二日に原告を設立した者であるが、経歴要件に該当する経歴を全く有していない。

のみならず、髙栁は、個人で事業を営んでいた昭和五八年一一月に、浜松税務署長による所得税の調査を受け、その結果昭和五三年分ないし昭和五七年分の所得税の調査を受け、その結果昭和五三年分ないし昭和五七年分の所得税について、売上除外、架空仕入及び棚卸除外の不正計算を行っていたことを指摘され、右各年分の所得税合計三二一五万二四〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計五八九万一一〇〇円及び過少申告加算税合計六二万五四〇〇円の賦課決定を受けた。髙栁は、その際、同税務署長に対し、「今回の調査を機会に正しい申告に努める」旨の申立書を提出していたにもかかわらず、昭和五九年分の所得税の申告に際しては、領収書等を偽造するなどのさらに悪質な不正経理を行うなどし、昭和六一年五月の浜松税務署長による調査によって、昭和五八年分ないし昭和六〇年分の所得税の過少申告を指摘されて、右各年分の所得税合計四九一万二三〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計七九万八〇〇〇円及び過少申告加算税合計一一万二〇〇〇円の賦課決定を受けた。

また、同人の経営に係る髙栁喜一商店も、平成元年二月から三月にかけての浜松税務署長による法人税野調査により、設立時からの各期の事業年度において、架空の人件費を計上して所得金額を過少に申告していた事実が判明したため、各期につき修正申告を行い、法人税合計三五一万一〇〇〇円を追徴Sれたうえ、重加算税合計一一八万三五〇〇円の賦課決定を受け、さらに、その不正所得の一部を髙栁が個人的に費消していたため、源泉所得税合計一一二万五二〇〇円を追徴された。

このように、髙栁は、経歴要件に該当する経歴を有していないことに照らして酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有する者とは認められないばかりでなく、納税に当たり常習的に不正計算を行っており、納税義務に関し著しく遵法精神に欠けていることが明らかであって、この点からも酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有する者とは認められない。

(2) 取締役森田について

森田は、浜松市内において、森田ストアの屋号で青果を中心とする一般食料品の小売業を個人で二〇年来営んでおり、それに伴って調味食品等の販売を三年以上継続してきた経歴を有する者である。

しかしながら、森田は原告の人的要素(特に経歴要件)を満たすために、形式的に原告の取締役に就任したものに過ぎないのであって、原告の酒類販売業の経営に参画する者とは認められないから、そもそも原告の人的要素を判断する際の対象とはなし得ない者である。

のみならず、森田の営んでいる食料品小売業における調味食品の取扱量は僅少であるうえ、右小売業事態の経営状態は芳しくなく、その帳簿書類等の記帳状況も良くないのであるから、その実質をみると酒類販売業を経営するに十分な知識及び能力を有する者とは認めることができない。

(3) 取締役前田について

前田は、原告の非常勤取締役であり、原告が酒類の仕入先に予定している有限会社前田酒販(以下「前田酒販」という。)の代表取締役であるほか、各地で酒類販売店の役員を務めている。そして、前田は、原告と経営コンサルタント契約を締結し、酒類販売店の経営方法について助言することを予定しているというのであって、専属的に原告の経営に関与できないのであるから、原告の酒類販売業の経営に主体的に関与する者とは認められず、原告の人的要素を判断する際の対象とはなし得ない者である。

のみならず、前田が代表取締役を務める前田酒販は、再三手形不渡事故を起こして手形交換所から銀行取引停止処分を受け、また、多額の負債を抱えて同社及びその関係者の所有する不動産が差押えを受けており、さらに、前田酒販は過去に法人税の確定申告を怠ったり、法人税の滞納をしたことがある。そうすると、前田酒販の代表取締役である前田が、経済的信用に欠け、経営能力が貧困であり、遵法精神が欠如していることは明らかであって、酒類販売業を経営するに十分な知識及び能力を有する者とは認めることができない。

(4) 取締役髙栁敦子について

髙栁敦子は、経歴要件に該当する経歴を全く有しておらず、酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有する者とは認めることができない。

(四) 以上に述べたとおり、原告には事業経営のために必要な資金の欠乏という資金的要素における相当の欠陥があるばかりでなく、原告を組織する取締役のいずれも者も、酒類販売業を経営するに必要と認められる知識及び能力に欠けているのであるから、その人的要素にも相当の欠陥がある。したがって、原告の事業の経営が確実とは認められないので、本件申請が酒税法一〇条一〇号の免許拒否事由に該当するものであることは明らかである。

3  酒税法一〇条一一号の該当性について

(一) 酒税法一〇条一一号の意義について

一定地域内における酒類に対する需要量は、当該地域に存在する販売場の数に関わりなくほぼ一定していると考えられることから、酒税法一〇条一一号は、酒類販売業者の濫立により当該地域における需給の均衡が破れ、経営の不安定や過当競争が生じ、その結果、関係する酒類製造業者の経営も不安定となることによって酒税確保の困難が生じるのを防止して、適切な需給関係を維持し、もって酒税収入の安定的な確保を図ろうとしたものである。

ところで、免許取扱要領第3の1の(1)のハは、酒類の需給調整上の要件として、全酒類小売業の免許の付与は、(イ) 申請販売場の小売販売地域内に所在する全酒類小売業者の販売場(既存小売販売場)から、その地域の小売基準数量の一〇倍以上の数量の販売実績を有する大規模な既存小売販売場を除外した残りの全酒類小売販売場の最近一カ年間における総販売数量に酒類消費量の増減率を乗じて算出される数量を、その販売場の数に申請販売場数を加えた数で除して得た数量が小売基準数量以上であること、(ロ) 申請時に最も近い時における申請販売場の小売販売地域内の総世帯数を、既存小売販売場数に申請販売場数を加えた数で除して得た数が、基準世帯数以上であること、のいずれかに該当する場合に限ることと定めているが、申請販売場の小売販売地域内における酒類消費の実情は、経済社会の変化、酒類消費量の伸長、人口の分布状況等により千差万別であることから、前記のような酒税法一〇条一一号の趣旨を踏まえるならば、単に右のような小売基準数量及び基準世帯数という形式的基準のみによって、申請販売場の小売販売地域内における酒類の需給調整上の要件を判断することなく、具体的事実関係を考慮して実質的な需給調整上の要件を判断することなく、具体的事実関係を考慮して実質的な需給調整上の要件を判断することが必要であり、そのため、免許取扱要領は、第3の1の(1)のハのただし書において、「これらの要件に合致する場合であっても、既存の酒類販売業者の経営実態又は酒類の取引状況等からみて、新たに免許を与えるときは、酒類の需給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障を来たすおそれがあると認められる場合は免許を与えないこと」としているのであり、この規定は、酒類販売業免許制度が酒税の確保を目的としていることからしても、合理性を有するといえる。

(二) 本件における「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる」事由

以下のとおり、原告には「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる」事由が存在した。

(1) 本件申請に係る販売場の所在地である浜松市植松町一四七二番地四の属する小売販売地域は、浜松税務署長が定めた浜松市第五区であるところ、この小売販売地域は、免許取扱要領第3の1の(1)のイの(ロ)に所定のA地域(東京都の特別区及び人口三〇万人以上の市制施行地の市街地)に属し、その小売基準数量は三六キロリットルであり(免許取扱要領第3の1の(1)のイの(ロ)のA)、基準世帯数は三〇〇世帯である(免許取扱要領第3の1の(1)のハの(ロ))。

そして、本件申請に係る販売場周辺の既存小売販売場の分布状況についてみると、浜松市第五区の昭和六三年一月現在における総世帯数は七四六六世帯、既存酒類小売業者は二四業者二四場であったから、右(一)の酒類の需給調整上の要件の(ロ)に従って、右総世帯数を原告の申請に係る販売場を含む小売販売場数で除すことによって得た数(小売販売場一場当たりの世帯数)は二九八となり、これは、基準世帯数三〇〇世帯を下回るのみならず、名古屋国税局管内のA地域の小売販売場一場当たりの平均世帯数である四八六世帯及び浜松税務署管内のA地域の小売販売場一場当たりの平均世帯数である四三一世帯をそれぞれ大幅に下回るものである。また、本件申請に係る販売場を中心とする半径五六四メートル以内の地域(一平方キロメートル)には五場の既存小売販売場があり、これは名古屋国税局管内の一平方キロメートル内の既存小売販売場の平均数一・二場及び浜松税務署管内の同平均数一・五場をそれぞれ大幅に上回っている。

したがって、本件申請に係る販売場周辺の既存小売販売場の分布状況が極めて過密状態となっていることは明らかであり、また、浜松市第五区は市街地区域であって、その区域内の世帯数及び人口はほぼ横這い状態で推移しており、今後の増加は見込まれないので、右のような小売販売場の過密状態は継続するものと考えられる。

(2) 本件申請に係る申請書添付の「事業もくろみ書(その1)」によれば、原告は年間酒類売上数量を約七〇・六キロリットルと予定しているところ、浜松市第五区の既存小売販売場二四場のうち一四場の売上数量は右数量未満であるから、原告は、その開業当初から浜松市第五区において中位に位置する規模での営業を予定していることになる。しかしながら、本件申請に係る販売場の店舗は、原告が本件申請直前の昭和六三年五月三〇日に髙栁と建物賃貸借契約を締結して借り受けたものであり、原告はその設立以来、松島の住所地を店舗として営業していて、本件申請に係る販売場での営業活動を一切行っていないことから、右販売場における固定客は少ないものと推測され、したがって、新規に参入する原告が右売上見込数量を達成することは、通常の販売方法をもってしては著しく困難である。加えて、原告の取締役であるうえに、原告と経営コンサルタント契約を結んでいて、その酒類販売業の経営方針等について大きな影響を及ぼすものと考えられる前田が経営する前田酒販は、過去に採算性を度外視した販売方法を採っていたことがあり、このことを考慮すると、原告が右売上見込数量の売上を達成しようとすれば、原告及び周辺酒類小売業者の間で、その経営基盤を共に危うくする過度の乱売合戦が行われやすい環境になり、取引が混乱するおそれがある。

(三) 以上のとおり、本件申請に対し、原告に酒類販売業免許を付与した場合、酒類の需給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障を来すおそれがあると判断されるのであるから、本件申請は、酒税法一〇条一一号の免許拒否事由に該当するものである。

(四) 被告の主張及び抗弁に対する原告の認否及び反論

1 被告の主張及び抗弁1は争う。

2(一) 同2の(一)のうち基本通達及び免許取扱要領が制定されていて、主張の規定が存在することは認める。その余の主張は争う。

酒類販売業免許制度が違憲でないとしても、憲法二二条第一項の職業選択の自由の保障の規定に照らし、酒税法一〇条に定める免許拒否要件は緩和して解釈運用すべきであり、そのような観点からすると同条一〇号後段に定める「その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」とは、同号前段の「破産者で復権を得ていない場合」に匹敵するような、経営の維持が不可能と認められる場合に限定されるべきである。

また、酒税法一〇条は、酒類販売業免許の申請者の経歴を免許の要件としていないのであるから、経歴要件を必要とする免許取扱要領に基づく被告の取扱いは、酒税法の要件を加重するものであって無効である。

(二)(1) 同(二)の(1)は認める。

(2) 同(2)のうち、原告が鈴木及び松島の二名を雇用していること。右二名に係る人件費を高栁喜一商店が支出しており、原告の決算報告書に右二名の人件費の計上がないことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

鈴木及び松島は、いずれも主として髙栁喜一商店の業務に従事しているものであるので、原告に人件費を計上すべきではない。

また、酒類販売業免許の申請者の資金的要素を判断するに当たり、原告のような個人企業に近い同族会社の経営実態を審査するについては、決算報告書上の数字にとらわれないで実質的な判断をすべきであるとともに、他から援助を期待し得る等の事情があるならば、これを排斥すべき理由はなく、これらの事情を踏まえて判断すべきである。原告は、その代表者である髙栁が、別に経営する髙栁喜一商店の販売部門とするために設立した典型的な同族会社であり、また、その設立の経緯に照らし、髙栁喜一商店と密接な関係を有していることは明らかであるところ、髙栁個人は、多くの個人資産を有して、経済的信用は絶大であるうえ、髙栁喜一商店も多額の資産を有して強固な企業体質を有する会社である。原告はこれらの者から資金援助を受けることを当然に予定されているのであって、現に本件申請に係る販売場は髙栁から有利な条件で貸与されることになっていたものである。このような、原告と髙栁及び髙栁喜一商店との関係並びにこれらの者の援助を考慮すると、原告の資金的要素には何ら問題がないことは明らかである。

(三) 同(三)の柱書は認める。

(1) 同(1)のうち、髙栁が、綿布販売などの個人事業を営んでいたこと、昭和六〇年九月四日、いわゆる法人成りによって綿布の販売等を事業目的とする髙栁喜一商店を設立し、さらに同年一二月一二日に原告を設立したこと、経歴要件に該当する経歴を全く有していないこと、個人で事業を経営した昭和五八年一一月に浜松税務署長による所得税の調査を受け、昭和五三年分ないし昭和五七年分の所得税合計三二一五万二四〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計五八九万一一〇〇円及び過少申告加算税合計六二万五四〇〇円の賦課決定を受けたこと、昭和六一年五月に浜松税務署長による所得税調査を受けて、昭和五八年分ないし昭和六〇年分の所得税合計四九一万二三〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計七九万八〇〇〇円及び過少申告加算税合計一一万二〇〇〇円の賦課決定を受けたこと、髙栁喜一商店が、平成元年二月から三月にかけて浜松税務署長による法人税の税務調査を受けて、設立時からの各期につき修正申告を行い、法人税合計三五一万一〇〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計一一八万三五〇〇円の賦課決定を受けたこと、高高喜一商店の所得の一部を髙栁が個人的に費消していたため、源泉所得税合計一一二万五二〇〇円の追徴処分を受けたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

髙栁が経営する髙栁喜一商店の営業成績、経営内容からすれば、髙栁が、会社経営について十分な能力を有していることは明らかである。酒類販売業者には、法律上、各種の義務が課され、その懈怠に対しては、刑事罰まで規定されているのであるから、それ以上に抽象的な遵法精神を要求することは相当ではなく、したがって髙栁が重加算税の賦課決定を受けたことなどの事由は人的要素の欠陥とはなり得ない。

(2) 同(2)のうち、森田が浜松市内において、森田ストアの屋号で青果を中心とする一般食料品の小売業を個人で二〇年来営んでおり、それに伴って調味食品等の販売を三年以上継続してきた経歴を有することは認め、その余の主張は争う。

森田は、酒類販売業の経営の中心となるために原告の取締役に就任したもので、決して本件申請の要件を形式上取り繕うために就任したものではない。

また、被告は、森田が経歴要件を充足する調味食品等の販売経歴を有することを認めながら、調味食品の取扱量が僅少であるとか、経営状態が芳しくないとかいう理由で、森田が酒類販売業を経営するに十分な知識及び能力を有さない旨主張するが、仮に免許取扱要領に基づく取扱いが相当であるとしても、免許取扱要領は、その定める経歴要件を充足する経歴を有することをもって、酒類販売業を経営する知識及び能力が備わっているものとしているというべきであるし、そうでなくとも、森田は昭和四二年から二〇年以上にわたって総合食料品店を経営している者で、この事実だけからも森田が酒類販売業を経営する能力を有することは明らかである。

(3) 同(3)のうち、前田が原告の非常勤取締役であり、原告が酒類の仕入先に予定している前田酒販の代表取締役であること、前田が原告と経営コンサルタント契約を締結していること、前田酒販が手形不渡事故を起こして手形交換所から銀行取引停止処分を受けたこと、同社及びその関係者の所有する不動産が差押えを受けたことがり、さらに、前田酒販は過去に法人税の確定申告を怠ったり、法人税の滞納をしたことがあることは認め、その余の主張は争う。

なお、主張の不動産差押えに係る競売手続は、平成元年一〇月一一日までに全部取り下げられており、差押登記は既に抹消されている。

(4) 同(4)のうち、髙栁敦子が経歴要件に該当する経歴を全く有していないことは認め、その余の主張は争う。

(四) 同(四)の主張は争う。

3(一) 同3の(一)のうち免許取扱要領に主張の規定があることは認め、その余の主張は争う。

酒類販売業免許制度が違憲でないとしても、憲法二二条一項の職業選択の自由の保障の規定に照らし、著しく抽象的である酒税法一〇条一一号の要件は(それを具体的要件化したとして被告が準拠する基本通達等の規定も同様に抽象的である。)、制度目的実現のために必要最小限の規制に限定するという態度で解釈すべきものである。

(二) 同(二)の柱書の主張は争う。

(1) 同(1)のうち、本件申請に係る販売場の属する小売販売地域が浜松市第五区であること、浜松市第五区の既存小売販売場が二四場であること、名古屋国税局管内のA地域の小売販売場一当たりの平均世帯数が四八六世帯であること、浜松税務署管内のA地域の小売販売場一場当たりの平均世帯数が四三一世帯であること、本件申請に係る販売場を中心とする一平方キロメートル内の地域に五場の既存小売販売場があること、各名古屋国税局管内の一平方キロメートル内の既存小売販売場の平均数が一・二場であること、浜松税務署管内の同平均数が一・五場であることはいずれも知らない。浜松市第五区がA地域に属し、その昭和六三年一月現在における総世帯数は七四六六世帯であること、右小売販売地域の小売基準数量が三六キロリットルであり、基準世帯数が三〇〇世帯であることは認める。その余の主張は争う。

本件申請につき、被告の主張及び抗弁の3の(一)の酒類の需給調整上の要件(イ)及び(ロ)の該当性を検討するに(なお、免許取扱要領第3の1の(1)のハによれば、右要件(イ)及び(ロ)は、そのいずれかに該当することで足りるとされている。)まず、本件拒否処分がされた昭和六三年九月当時の浜松市第五区の総世帯数は七五六六世帯であり、仮に右小売販売地域の既存小売販売場が二四場であるとしても、右総世帯数を原告の申請に係る販売場を含む小売販売場数で除すことによって得た数は三〇二・六四となるから、本件申請は右要件の(ロ)を満たすことになる。また、浜松市第五区の昭和六二年度の販売数量の合計は二一一〇・五二キロリットルであり、そのうち小売基準数量三六キロリットルであり、そのうち小売基準数量三六キロリットルの一〇倍以上の数量の販売実績を有する既存小売販売場二場を除く二二場の販売数量の合計は一〇五三・一九八キロリットルであって、酒類消費量の増減率を一としたうえ、右販売数量を右二二場に原告の申請に係る販売場を加えた二三場で除して得た数は四五・七九一キロリットルとなるから、本件申請は、右要件(イ)も満たすのである。

被告は、免許取扱要領第3の1の(1)のハのただし書を適用して、本件申請が酒類の需給調整上の要件を満たさないものとするが、憲法二二条一項の規定の趣旨に照らしても、また免許制度が国民の人権を制限するものであることから、免許取扱要領によって税務署長の裁量の範囲を制限したことに徴しても、右ただし書は、需給の均衡を著しく破るような具体的な危険性がある場合に、例外的に適用されるべきものであって、これを容易に適用することはできないものである。被告が右ただし書を適用した理由とする主張のうち、申請地区が過密状況にあることは、大都市圏の近隣の人口増地域以外は、すべてただし書の適用を肯定する運用に結びつき、正当な理由とはならないし、また廉価販売のおそれがあることは、内容において抽象的かつ曖昧であるうえ、既存業者の利益を保護しているだけであって、これも正当な理由とはならない。

(2) 同(2)のうち、原告が、本件申請に係る申請書添付の「事業もくろみ書(その1)」で年間酒類売上数量を約七〇・六キロリットルとしていること、本件申請に係る販売場の店舗は、原告が昭和六三年五月三〇日に髙栁と建物賃貸借契約を締結して借り受けたものであること、原告がその設立以来、松島の住所地を店舗として営業していて、本件申請に係る販売場での営業活動を行っていないこと、前田が原告の取締役であり、原告と経営コンサルタント契約を結んでいることは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

(三) 同(三)は争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  本件処分の存在等

請求原因一の各事実は当事者間に争いがない。

二  酒類販売業免許制度と憲法二二条一項

1  憲法二二条一項の職業選択の自由も、公共の福祉による制限を受けるものであることは、同項の規定上明らかであり、公権力による職業選択の自由に対する具体的な規制措置が同項に違反するものであるかどうかについては、規制の目的、規制の具体的内容及びその必要性、これによって制限される職業選択の自由の性質、内容、制限の程度等を比較考量することによって決せられるべきものであるが、狭義の職業選択の自由そのものを制約する強力な制限である許可制について、同項適合性を肯定するには、原則として重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを必要とするものというべきである。

2  ところで、租税は、憲法上、その納税義務者、課税標準、賦課徴収の方法等の具体的内容につき、法律の定めるところに委ねられているが、これらを定めるについては、一方では、国政全体にわたる総合的な政策判断を要するのみならず、他方では、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかであって、このことからすれば、租税法の定立改廃に関しては、立法府の政策的、技術的な裁量判断に委ねるほかはなく、裁判所はその裁量判断を尊重せざるを得ない関係にある。

そうすると、租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国の財政目的のための職業の許可制による規制については、右1の必要性及び合理性についての立法府の判断が右の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であるといえない限り、憲法二二条一項に違反するものということはできないものと解する。

3  酒税法は、酒類について間接消費税である酒税を課するとともに、その賦課徴収の方法につき、いわゆる庫出税法式によることとして、酒税製造者を納税義務者とし、酒類販売業者を介する酒類代金の回収を通じて、税負担を担税者である消費者に転嫁するという仕組を採用しているところ、これに伴って酒税の確実な徴収と税負担の消費者への円滑な転嫁を目的として、酒類製造者のほか、酒類製造者と消費者との間に介在して右の税負担の転嫁を仲介する酒類販売業者についても免許制を採用したものであると解される。そして、甲第二〇号証によれば、酒税の酒類代金中に占める割合は、酒類によって、また年代によって大きく異なるものの、いずれにしても高率のまま終始していること、また、昭和一三年法律第四八号による酒税法の改正により、右のような酒税の賦課徴収の仕組と免許制とが採用された時期の直前である昭和九年ないし昭和一一年における酒税収入の国税収入全体に占める割合は平均して一七・六パーセントという高率であったことが認められ、これらの事実に照らすと、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという財政目的のため、右のような制度を採用し、納税義務者とされた酒類製造者のため販売代金の回収を確実にさせることによって消費者への酒税の負担の円滑な転嫁を実現する目的で、これを阻害するおそれのある酒類販売業者を免許制によって排除することとしたのは、その当時においては重要な公共の利益のために採られた必要性及び合理性のある立法措置であったものと認めることができる。

もっとも、甲第二〇、第二一、第三七、第三八号証並びに弁論の全趣旨によれば、その後、国税収入に占める酒税収入の割合は相対的に漸次低下し、本件処分のなされた昭和六三年当時は四・五パーセント前後で推移していたことが認められ、この点のみを取り上げれば、本件処分当時においては、酒類販売業者についてまで免許制を採用することの必要性及び合理性を判断する場合の前提となる条件に、制度の導入当時と比べ著しい変化が生じたといえなくもないが、酒税の賦課徴収に関する前記のような仕組自体には変化がなく、それが合理性を失っているものとはいえないから、酒税の負担を消費者へ円滑に転嫁する要請が減少したわけではないこと、酒税の酒類代金中に占める割合は総体的に高率のままであること等を考慮すれば、右のような条件の変化があったからといって、本件処分当時、酒類販売業免許制度を存置すべきものとしたことが、その必要性及び合理性について立法府に委ねられた前記の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であるということはできない。

そうすると、酒類販売業免許制度が、それ自体として憲法二二条一項に違反するとはいえない。

4  職業についての免許制度が憲法二二条一項に反しないというためには、さらに当該免許制度の下における具体的な免許基準との関係においても、その必要性と合理性が認められるものでなければならない。

そこで、酒税法一〇条一〇号についてこれをみるに、同号は、酒類製造者において酒類販売代金の回収に困難を来すおそれがあると考えられる最も典型的な場合を想定して、これに対処したものということができ、右基準は、前記の酒類販売業免許制度の立法目的に照らし合理的なものということができるし、また、右規定が不明確で行政庁の恣意的判断を許すようなものであるとも認め難く、また恣意的運用が行われているとの原告の主張も認め難い。

そうすると、酒税法九受、一〇条一〇号の規定が、立法府の裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるということはできず、右規定が憲法二二条一項に違反するものということはできない。

なお、右一の争いのない事実のとおり、本件処分は、酒税法一〇条一〇号のほか、同条一一号に該当することを理由としてなされたものであり、原告は、同号の違憲性をも主張するが、後期のとおり、本件処分は同号該当性の有無を判断するまでもなく適法であるので、ここに同号の合憲性を論ずるまでの必要はない。

三  本件申請の酒税法一〇条一〇号該当性

1  被告の主張及び抗弁2の(一)のうち、基本通達及び免許取扱要領が制定されていること、基本通達一〇条5は、「法第10条第10号に規定する『経営の基礎が薄弱であると認められる場合』とは、事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱、製品又は販売設備の不十分、経営能力の貧困等、経営の物的、人的、資金的要素に相当な欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合をいう。」と規定し、また、免許取扱要領第3の1の(1)のイの(イ)は、全酒類小売業に係る酒類販売業免許の申請についての申請者の人的要件について、「申請者は、経験その他から判定し、税務署長が酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有すると認める者又はこれらの者が主体となって組織する法人であること」としたうえで、その注書で、「『経営するに十分な知識及び能力を有すると認める者』とは、おおむね次の経歴を有する者であって、酒類に関する知識及び記帳能力等が十分で独立して営業ができると認められる者をいう。A 免許を受けている酒類の製造業若しくは販売業の業務に直接従事した期間が引き続き三年以上である者、調味食品等の販売業を三年以上継続して経営している者又はこれらの業務に従事した期間が相互に通算して三年以上である者、B 酒類業団体の役職員として相当期間継続して勤務した者又は酒類の製造業若しくは販売業の経営者として直接業務に従事した者等で酒類に関する事業及び酒類業界の実情に十分精通している者」と規定していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

ところで、右二の4のとおり、酒税法一〇条一〇号の規定は、不明確で行政庁の恣意的判断を許すようなものとは認め難いところであるけれども、法規としての性質上、同号の定める酒類販売業の免許拒否事由は、なお行政庁の裁量判断の余地を残すものであるところ、酒類販売業免許の申請の当否の判断を行う権限が所轄税務署長に委ねられている現行制度の下においては、多数の申請につき複数の行政庁がその当否の審査に当たるわけであるから、その間の裁量判断の食違いをできるだけ少なくし、事務処理を統一的、合理的に行い、もって免許事務の公平、公正を図るとともに、その円滑迅速を期するために、上級行政庁によって内部的裁量基準を策定し、これに準拠して免許事務が行われる体制が取られることは、その内部的裁量基準が右拒否事由を定めた法の規定に照らして不合理であるとは認められない限り、相当性を有する措置であるというべきであり、かつ、その内部的裁量基準が公表されている場合には、免許の申請者にとっても、行政庁の裁量判断の結果を予測することが可能となるという意味において便宜にかなうものであるといえる。

そして、基本通達及び免許取扱要領が、酒税法一〇条一〇号を含む同条の各免許拒否事由に係る右のような内部的裁量基準であることは明らかであり、その内容は、少なくとも酒税法一〇条一〇号後段に関する右規定に関しては、右二の4のような同号の趣旨に鑑みて不合理であると認めることはできない。

原告は、酒税法一〇条一〇号後段の「その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」とは、経営の維持が不可能と認められる場合に限定されるものと解すべきであると主張するが、右のような同号の趣旨に鑑みれば、経営の維持が現実に不可能となっている状況にあるのみならず、基本通達一〇条5に規定するような要因に基づいて、物的、人的、資金的要素に相当な欠陥があり、事業の経営が確実とは認められない場合を「その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」に含まして、酒類販売業免許の拒否の基準とすることに不合理性があるものとは認められない。

また、原告は、経歴要件を含む免許取扱要領に基づく取扱いは酒税法の要件を過重するもので無効であるとも主張するが、一般に、事業経営の確実性を判定する場合において経営に当たる人的要素についての考慮を欠かすことができないこと自体が自明の理であるというべきであるのみならず、酒類販売代金の回収に万全を期し、ひいて酒税の保全を図ろうとした酒類販売業免許制度の制度趣旨に照らせば、酒類の小売業を経営する者には、単なる小売業の経営とは異なり、酒類の小売業の特性に応じた知識及び能力、すなわち酒類の特殊性に応じた商品管理上の知識及び経験あるいは酒税法上の記帳義務を含む各種義務を適正に履行する知識及び能力等、酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力が必要であると考えられ、したがって、経営の基礎内容をなす人的要素が満たされると判断されるためには、申請書に一般に考えられているところの事業経営能力が備わっているだけにとどまらず、申請者に右知識及び能力が備わっていることが必要であり、申請者が法人である場合においては、法人を組織し経営の主体となる者に右知識及び能力が備わっていることが必要であると考えられるのであるから、かかる意味においても、経歴要件を含む申請者の人的要件を定めた右免許取扱要領の規定が不合理といえないことは明らかである。

2  被告は、原告について、基本通達一〇条5に所定の資金的要素に相当な欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合に当たる旨主張するので、まず、この点につき判断する。

(一)  被告の主張及び抗弁2の(二)の(1)の事実、同(2)のうち、原告が鈴木及び松島の二名を雇用していること、右二名に係る人件費を髙栁喜一商店が支出しており、原告の決算報告書に右二名に係る人件費の計上がないことは当事者間に争いがないところ、右争いのない事実に、右一の争いのない事実及び後記3の(一)の争いのない事実、甲第一号証の一、一〇、一一、三八ないし四〇、乙第四ないし第一一号証、第四四、第四五号証の各一、二、第四六ないし第四九号証、証人久米弘万の証言並びに原告代表者尋問の結果を総合すると、

(1) 原告は、昭和六〇年一二月一二日に運動用具及び贈答品の販売をその事業目的として、髙栁及びその妻髙栁敦子の出資(資本の総額一〇〇万円)により設立され、髙栁が代表取締役に、髙栁敦子が取締役に就任した有限会社であること、

(2) 髙栁は、もともと個人で綿布販売(主として卸売)などの事業を営んでいたところ、昭和六〇年九月四日、いわゆる法人成りによって綿布販売等を事業目的とする髙栁喜一商店を設立したものであるが、それより前に、本件申請に係る販売場とされている建物及びその敷地を所有して贈答品販売業を営んでいた株式会社丸清が経営不振により倒産し、また、前後して運動用具販売業を営んでいた松島が経営に行き詰ったので、髙栁において、知人であった株式会社丸清の経営者である鈴木と右松島とを救済する意味もあって、右土地建物を購入するとともに、右各事業を引き継ぎ、鈴木と松島とを雇用して同人らにその販売を担当させていたが、その後、他の問屋や小売店の手前、髙栁ないしその法人成りした髙栁喜一商店が直接手掛けることが困難であった小売業を営むことを企図して原告を設立し、右各事業を髙栁喜一商店から原告に写したうえ、鈴木及び松島を原告に出向させて、鈴木に贈答品の販売を、松島に運動用品の販売を担当させていたこと、

(3) しかし、原告は信用力がないため髙栁喜一商店を通じてのみ仕入を行っている状態であり、その経営は設立当初から苦しく、役員報酬は支出していたものの、鈴木及び松島に対する給与は髙栁喜一商店において支出していたこと、

(4) 原告の決算報告書によれば、第一期事業年度(昭和六〇年一二月一二日から昭和六一年一一月三〇日まで)の売上高は三七二〇万〇八三三円、経常利益は五万三四五四円、第二期事業年度(昭和六一年一二月一日から昭和六二年一一月三〇日まで)の売上高は三五九一万五三四六円、経常利益は七万三六六八円とされているが、いずれの決算報告書においても、従業員に対する給料手当の計上はなく、仮に、右各事業年度の従業員に対する給料手当の額に概ね相当する額として、髙栁喜一商店において鈴木及び松島に対して支給した昭和六一年分及び昭和六二年分の給与の額(昭和六一年分は鈴木に対し約五四六万九〇〇〇円、松島に対し四〇四万四〇〇〇円、計約九五一万三〇〇〇円、昭和六二年分は鈴木に対し約五四六万九〇〇〇円、松島に対し三四八万円、計約八九四万九〇〇〇円)を計上して、右各決算報告書を修正すると、原告の第一期事業年度の経常利益は九四六万円の欠損に、第二期事業年度の経常利益は八八七万五〇〇〇円の欠損になり、第二期事業年度末の繰越欠損額は一八三三万五〇〇〇円となること、

(5) 浜松西税務署及び浜松東税務署管内(本件処分当時の浜松税務署管内に相当する。)において、主としてスポーツ用品小売業を営む法人事業者で法人税の確定申告書を提出している者のうち、平成元年中に終了した事業年度の売上高が三〇〇〇万円から五〇〇〇万円までのもの(平成元年中に終了した事業年度の営業期間が改廃業、休業等の理由により一年に満たないものを除く。)の平成元年中に終了した事業年度、その前事業年度及び前々事業年度における従業員数の平均は、いずれの事業年度においても二人を超えること、

以上の事実を認めることができる。

(二)  右各事実によれば、原告は、本件申請前に終了した第一期及び第二期の各事業年度の決算報告書上は、それぞれ数万円程度の経常利益を計上しているものの、その経常利益算出の過程において、当該経常利益に係る売上高を収めるために当然必要となるべき従業員の人件費を除外しているのであるから、右各決算報告書の記載は、原告の経営実態を反映するものといえないことは明らかである。そして、原告の経営実態を把握するためには、原告が除外した人件費相当額を繰り戻して原告の損益を修正計算することを要するところ、その結果は右にみたとおりであって、売上高に対する比率が二五パーセント前後に及ぶ多額の経常損失を計上することになるのであり、このことと右(一)の認定に係る他の事実とを併せ考えると、原告が事業経営に当たり資金面において相当程度に逼迫しており、その回復が困難な状況にあることは容易に推認することができ、事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱等、資金的要素に相当な欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合に当たるものと解さざるをえない。

(三)  なお、原告は、鈴木及び松島は主として髙栁喜一商店の業務に従事しているから原告に人件費を計上すべきでない旨主張し、原告代表者尋問の結果中には右主張に沿うかのような部分もあるが、右(一)で認定した事実関係に照らして、右供述部分は措信できない。

また、原告は、酒類販売業免許の申請者の資金的要素の判断に当たり、他から援助を期待し得る等の事情があれば、これを排斥すべき理由はないところ、原告は、多くの個人資産を有し経済的信用が絶大である代表者の髙栁個人、及びその設立の経緯に照して原告と密接な関係にあり、多額の資産を有して強固な企業体質を有する髙栁喜一商店から資金援助を受けることを当然に予定されているのであって、このような原告と髙栁及び髙栁喜一商店との関係並びにこれらの者の援助を考慮すると、原告の資金的要素には何ら問題がないとも主張する。

しかし、仮に、髙栁個人又は髙栁喜一商店の資産及び信用状況が優れ、あるいは企業体質が強固であろうと、それ自体は本件申請の申請者である原告自身の経営実態や収益力とは直接の関係のない事柄であるのみならず、原告の設立の際の事情から髙栁個人又は髙栁喜一商店から原告に対する資金援助が予定されているとしても、独立した経済活動の主体である髙栁喜一商店や髙栁が、原告自身の経営状況を度外視していつまでも資金投下をし続けるなどというようなことは、経済的合理性からみて到底期待し得べくもないから、右のような事情があるからといって、原告の事業経営が将来的にも安定して確実に行われると推認することはできない。したがって、原告の右主張も失当である。

3  次に、被告は、原告に係る人的要素にも相当の欠陥がある旨主張するので、この点について判断する。

被告の主張及び抗弁2の(三)の柱書の事実は当事者間に争いがないから、以下、右1の免許取扱要領第3の1の(一)のイの(イ)の人的要件に則り、原告の代表取締役である髙栁、取締役である森田、前田及び髙栁敦子について、概ね経歴要件に該当する経歴を有し、酒類に関する知識及び記帳能力当が十分であって、酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有すると認められる者であるかどうか、また、これらの者が原告を組織するについてその主体となっているかどうかについて、順次検討する。

(一)  代表取締役髙栁について

(1) 被告の主張及び抗弁2の(三)の(1)のうち、髙栁が、綿布販売などの個人事業を営んでいたこと、昭和六〇年九月四日、いわゆる法人成りによって綿布の販売等を事業目的とする髙栁喜一商店を設立し、さらに同年一二月一二日に原告を設立したこと、経歴要件に該当する経歴を全く有していないこと、個人で事業を経営した昭和五八年一一月に浜松税務署長による所得税調査を受け、昭和五三年分ないし昭和五七年分の所得税合計三二一五万二四〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計五八九万一一〇〇円及び過少申告加算税合計六二万五四〇〇円の賦課決定を受けたこと、昭和六一年五月に浜松税務署長による所得税調査を受けて、昭和五八年分ないし昭和六〇年分の所得税合計四九一万二三〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計七九万八〇〇〇円及び過少申告加算税合計一一万二〇〇〇円の賦課決定を受けたこと、髙栁喜一商店が、平成元年二月から三月にかけて浜松税務署長による法人税の税務調査を受けて、設立時からの各期につき修正申告を行い、法人税合計三五一万一〇〇〇円を追徴されるとともに、重加算税合計一一八万三五〇〇円の賦課決定を受けたこと、髙栁喜一商店の所得の一部を髙栁が個人的に費消していたため、源泉所得税合計一一二万五二〇〇円の追徴処分を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そして、乙第五一、第六四、第六五号証及び弁論の全趣旨によれば、髙栁は、右の昭和五三年分ないし昭和五七年分の所得税については、売上除外、架空仕入、棚卸除外などの不正計算を行って重加算税賦課決定を受けたものであり、また、その調査の際に、昭和五八年一一月九日付けで「今回の調査を機会に正しい申告に努める」旨記載された申立書と題する書面を浜松税務署長宛に提出したこと、それにもかかわらず、右の昭和五八年分ないし昭和六〇年分所得税については、実在しない会社のゴム印を作成して領収書等を偽造し、架空仕入を計上する不正計算を行った事により重加算税賦課決定を受けたものであること、髙栁喜一商店の設立時からの法人税については、第三期事業年度(昭和六二年九月一日から昭和六三年八月三一日まで)まで架空人件費を計上する不正計算を行ったことにより重加算税賦課決定を受けたものであることを認めることができる。

(2) 右事実関係によれば、髙栁は、経歴要件に該当する経歴を全く有しておらず、かつ、自己の所得税又は髙栁喜一商店の法人税につき常習的に不正計算を行ってきた経歴を有し、少なくとも納税義務に関しては遵法精神が著しく欠落しているものといわざるを得ないから、酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有する者とは到底認められない。

なお、原告は、法律上、酒類販売業者に各種の義務が課され、その懈怠に対し刑事罰が規定されていることを理由として、抽象的な遵法精神を要求することは相当ではなく、髙栁が重加算税賦課決定を受けたことなどの事由は人的要素の欠陥とはなり得ない旨主張するが、酒類販売業免許制度が酒税の保全を目的とすることに鑑みれば、所得税及び法人税の申告につき、右のような常習的に不正計算を行っていた事実を、酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有するか否かの判断要素として取り入れることが不相当ということはできない。

(二)  取締役森田について

(1) 被告の主張及び抗弁2の(三)の(2)のうち、森田が浜松市内において、森田ストアの屋号で青果を中心とする一般食料品の小売業を個人で二〇年来営んでおり、それに伴って調味食品等の販売を三年以上継続してきた経歴を有することは当事者間に争いがなく、右事実に、甲第一号証の三七、第二、第三号証、乙第一九号証、第六五号証、証人久米弘万の証言及び原告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、森田は、昭和四二年以来、浜松市において、森田ストアの屋号で青果を中心とする小売業を営んでおり、併せて僅少の調味食品の販売を手掛けているが、森田自身の意識は八百屋の経営をしてきたというものであること、森田は、原告の取締役に就任するに当たって、髙栁から「従来の経験を活かして野菜でも何でもやって欲しい」という指示を受けているところ、野菜の仕入販売を自らの専門分野としてこれを担当する積もりでいること、森田は原告の取締役に就任した以降、本件処分時まで、取締役として本件申請を含む原告の経営上の決定に参画したことがないのみならず、原告の営業内容、経営方針などを全く把握しておらず、さらに原告の決算にも何ら関与していないことが窺えるほか、平成三年四月までの間、原告から役員報酬を受けたことが一度もないばかりか、原告との間で将来的にもその取決めがなされていないこと、以上の事実を認めることができる。

(2) 右事実関係に徴すると、森田は、原告の取締役に就任したというものの、その取締役としての職務を行ったことも、またその意思もないうえに、取締役としての待遇を受けているわけでもないから、形式的には経歴要件に該当する経歴を有するため原告から依頼されて原告の名目上の取締役に就任したに過ぎないものであることが推認されるほか、森田自身、原告の酒類販売業を担当する意思を持ち合せていないのであるから、森田が経歴要件に該当する経歴を有することから、酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有するものと仮定したとしても、原告を組織するについてその主体となっているものとは到底認め難い。

(三)  取締役前田について

(1) 被告主張及び抗弁2の(三)の(3)のうち、前田が原告の非常勤取締役であり、原告が酒類の仕入先に予定している前田酒販の代表取締役であること、前田が原告と経営コンサルタント契約を締結していること、前田酒販が手形不渡事故を起こして手形交換所から銀行取引停止処分を受けたこと、同社及びその関係者の所有する不動産が差押えを受けたことがあり、さらに、前田酒販は過去に法人税の確定申告を怠ったり、法人税の滞納をしたことがることは当事者間に争いがなく、さらに、乙第一九号証、証人久米弘万の証言及び原告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、前田は、原告のほか全国各地で数十にのぼる酒類販売業者に取締役等として関与していることが認められる。

(2) 右各事実に照らせば、前田は、経歴要件に該当する経歴を有することから、酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有するものと仮定したとしても、実質的に原告の経営に関与するものとはいえず、したがって、原告を組織するについてその主体となっているものとは認め難い。

(四)  取締役髙栁敦子について

被告の主張及び抗弁2の(三)の(4)のうち、髙栁敦子が経歴要件に該当する経歴を全く有していないことは当事者間に争いがなく、そうであるとすれば、髙栁敦子が酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有すると認めることはできない。

(五)  以上によれば、原告の取締役全員が、免許取扱要領第3の1の(1)のイの(イ)の人的要件を満たしておらず、原告に係る人的要素にも相当の欠陥があるものといわざるを得ない。

4  右1ないし3によれば、原告は、資金的要素に相当な欠陥があるのみならず、その人的要素にも相当の欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合に当たるものであるから、酒税法一〇条一〇号後段の免許拒否事由である「その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」に該当するものであることが認められる。そうすると、原告につき同条一一号の免許拒否事由に該当するか否かを判断するまでもなく、浜松税務署長のした本件処分は適法である。

四  よって、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒川昂 裁判官 石原直樹 裁判官 森崎英二)

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